2015年02月02日

小さな町から

ぼくが生まれた町は川崎の浅田という町で4丁目までしかないこじんまりとした町だった
この生まれた自治体の大きさって、結構大きな意味合いがあるような気がする
初めて所属を意識する町が、隣町に巨大な自治体があって、常にオマケみたいな位置づけでいるってこと
隣には小田という大きな町があった
浅田小学校までは4クラスしかない小さな小学校だったのが、小田と合流する京町中学校になると10クラス以上になる
浅田の中で何かのトップでいるやつは、そこで世間というものを知るだろう
小田の中でのトップは、やっぱり大きな社会に出ても、トップで有り続ける意味合いを知り、リーダーシップというものは鍛えられるのではないだろうか

小学校時代の親友にアキラ君がいた
スポーツ万能だった
たぶん、勉強もそこそこできたんじゃないかな

彼は中学に上がると、一緒に予備校に通おうとぼくを誘った
なぜ予備校に行きたかったのか?なんて考えもしないくらいに、ぼくの毎日の生活はアキラ君と遊ぶことしかなかった

早朝マラソン、野球、サイクリング、釣り、etc
アキラ君に、さまざまな遊びを教えてもらい過ごしていた小学時代
中学入学早々に勉学を志した彼に何があったのか、さっぱりわからないまま
ぼくは同意し、親にお願いした

だいたいからして予備校というものがどういうものか
塾の延長なのかどうかも、よくわかっていない
たまにその激しさを噂に聞いたことがあるくらいで…

当時、都市伝説のように語られていた川崎予備校
志願兵のように、わざわざ飛び込んでいこうというのだから、きっと彼には何かあったんだろうな

なんの志もないまま、ぼくは受験戦争と呼ばれる時代に突入していった

つれづれに思い出してアキラ君とはもうウン十年も連絡取っていない
Googleストビューで、親父さんが経営していた会社を探してみたら、まったく変わらなく営業している姿が出てきた
跡継ぎで頑張っているんだな
流石、アキラ君だ
posted by 三橋祐輔 at 11:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月31日

二極

やはり肝心なことは、静と動、陰と陽がついになっているということである
静の頂点なくして動のダイナミズムは決して生まれない
OなくしてNがなかったように、BなくしてIはなかったのだ
考えてみてもBが無かったら、Iは、面白いレスラー足りえただろうか
OなくしてNはドラマチックに見えただろうか

逆もまた動のあやふやさが無かったら、人生も世の中もつまらないものになってしまい
OもBもその実績の輝きはくすんでいたことだろう

時代は、すべてが動で陽になってしまった
両極が無いものなど、つまらないことこの上ないのだ

ファンクス、ビューティペア、、、
ぼくがプロレスに熱中してしまった時代は、陰と陽、動と静の魅力に焦がされたなぁ
posted by 三橋祐輔 at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月30日

ドラゴン魂

我が友・川俣天骨氏の梶原一騎原理愛溢れる一冊
大泉のご自宅訪問、奥様とご子息の取材、貴重
不肖三橋祐輔、20うん年前の編集時代、原稿取りに伺ったことがある
無駄に緊張した記憶がある
でも、その時の原稿の内容にとても感動した
梶原一騎の一つ一つのフレーズに
生きていく意味みたいなものを教わってきた
だから、今の時代、周りを見渡して同感できる生き方の男がほとんど見当たらない
致し方ない
梶原一騎もいないのだ
現代なのだ
そんな想いは未だにある
心の一番奥の炎がチリチリする

http://www.alterna-vision.com/publishing/publish/series/damasii/001/001.htm
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posted by 三橋祐輔 at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川崎の日曜の夜はただ寂しかった

ぼくの家は川崎の産業道路の近く、中小企業の会社、工場、そこに勤める人たちの住宅、日本人だけじゃない人たちも多い街並み
そんな場所でラーメン屋さんを営んでいた
見上げると産業道路に蓋をするように首都高1号線が走っていて、その向こうに工場街から息をはくように出た煙突の煙がたなびいていた

静かな明け方には、意外に近い港から霧笛が聞こえてきたりする
日曜日の夜なんて、マァマァ都会だけれども、物音一つしない時もある
昼間の産業道路を走るダンプカーの爆音とのギャップが激しい

少しすると暴走族なんて流行りがあって夜中になると1時間ほど、バイクの隊列が途切れないこともあった
奴らもきっと、あの夜の静寂が嫌だったんだろうなと思う

子供の頃は舗装されていない道ばかりだったから、とにかく砂埃がひどかった

posted by 三橋祐輔 at 12:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月29日

2015年01月28日のつぶやき




posted by 三橋祐輔 at 19:01| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする