2009年06月14日

三沢さん

2000年の6月13日、社外の法律事務所で当時の全日本プロレス役員会が開かれて、社長を辞任した三沢さん。
それ以来、突然にお会いすることはなくなってしまった。
9年後の同じ6月13日。
昨夜は友人と飲んでいた時に、訃報に接した。
朝、気持ちの悪い夢を見たなと、起きたのだけれど。


ご家族のご心痛を思うと…。
ご冥福をお祈りいたします。
posted by 三橋祐輔 at 12:56| Comment(7) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月06日

で、富士は見えるのだろうか?

埼玉県の話です。
一度や二度読むだけじゃ、わかりません。


http://mytown.asahi.com/saitama/news.php?k_id=11000000906020001

富士見市にも「ふじみ野」誕生へ
2009年06月02日

 富士見市は1日、勝瀬原区画整理事業の完了に伴い、同市勝瀬の事業対象地域約73ヘクタールの町名を変更し、東武東上線ふじみ野駅東側を「ふじみ野東1〜4丁目」、西側を「ふじみ野西1〜4丁目」にする方針を発表した。6月市議会に議案を提出する。
 市によると、区画整理組合が「ふじみ野」の名称を希望した。隣接する富士見、ふじみ野両市では、似通った名称をめぐる論争が過去に起き、ふじみ野市にも「ふじみ野1〜4丁目」があるが、富士見市の星野信吾市長は「組合の意見を尊重したい。ふじみ野市とぎくしゃくすることはないと思う」と話している。
 組合は昨秋、区画整理完了後の町名に関する住民アンケートを実施。名称の希望は、60歳以上では従来の「勝瀬」が266件で、「ふじみ野」は214件だった。しかし、全年齢では「勝瀬」が48・8%、「ふじみ野」が48・5%とほぼ同数。駅や小学校の名称になっている「ふじみ野」が地域に浸透し、分かりやすく、対外的にもアピールできるとして、組合は「ふじみ野」を市に提案したという。
 「ふじみ野」は03年、富士見市、上福岡市、大井町、三芳町合併協議会が、合併後の新市の名称としていったん決定。しかし、合併枠が崩れ、上福岡と大井が05年に合併する際、住民アンケートの結果から、ふじみ野市になった。当時は富士見市が反発した。
 富士見市は来年5〜8月ごろ、正式に町名を変更する予定。市幹部は「紛らわしさがあるのは事実」と認める。ふじみ野市ふじみ野1〜4丁目は富士見市勝瀬の西にある。このため、町名変更後は、ふじみ野1〜4丁目の東に、富士見市ふじみ野西1〜4丁目が位置することになる。



でも、富士山がよく見える場所だとしたら、地名に付けたくなる気持ちはわかるんだよね。
日本人は、不死身って言葉にどこか惹かれるところもあるのな。

posted by 三橋祐輔 at 18:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月03日

岡田彰布『頑固力』


  『頑固力−ブレないリーダー哲学』

  岡田彰布 著
  角川SSC新書 刊


  阪神タイガース、昨年後半から引き続き絶賛失速中。
  このチームだけWBC優勝に関係なく、
  いまだ北京オリンピックを戦い続けているようである。
  まぁそれならそれも有りだ。
  強けりゃ面白いというものでもないから。

真弓監督就任一年目。
一年目は仕方ないと、よく言われる。
試行錯誤、世代交代、実戦でなければ出来ないことが多いだろう。
それはそれでいいのだけれど、試しているからこそ、
一球の重みはより感じさせてほしいなぁ。

岡田彰布前監督の『頑固力』を読んだ。
驚くことに最近の野球選手は、皆、新書版で本を出す。
編集の手抜きとも経費の削減とも取れるこのスタイル。
やっぱり、ちょっと味気ないかな。

内容は、優勝確定サクセスストーリーの前半部分に、歴史的優勝逃しエクスキューズの後半部分というスクランブル編集。
早大時代から見ているファンとしては、いろいろと感慨深いものがあった。
学内では、卒業論文にまつわる都市伝説が流れたことはあったけれど、どうしてどうして読ませてくれる内容だった。


やはり、プロルーキーイヤーのブレイザー監督、ヒルトン選手との三角関係に纏わる頃が、なんといっても
岡田彰布と言う人を形作っている部分として大きいということが、個人的に再確認させられた。
あの時の思い・阪神を取り巻いていた空気が、怨念情念のような“頑固力”という形になって、“JFK”や“打線オーダーへの固執”に現れたのだ、とそう思った。プロスポーツは、それがないと個人的にダメだ。


真弓監督に移譲された、現チームは、怨念の抜けた亡霊のようなものだ、と見えてしまうのは仕方ない。
しかし真弓明信という人が辿った野球人生も決して順調なものではなかっただけに、一球に情念を込める野球を具現化できる日を早く見たい。
posted by 三橋祐輔 at 12:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月02日

さすがダイヤモンドだねー

中学生の頃、映画を観に映画館に行った。川崎の古ぼけた映画館。
上映時間少し過ぎていたので、あわてて場内に入ろうとすると、入口の横の女性に呼び止められる。クジを引けと言う。よくわからないまま焦っていたので、クジを引くと大当たりだと言う。真珠が当たったと言う。さらに、よくわからないまま、指輪かネックレスに加工しますが、どっちがいいか尋ねられ、真珠などと言う高級なものが当たりラッキーだと思いネックレスにした。加工代金5000円を払って、映画を観て帰った。

中学生もボケっとしていると真珠のネックレスを買っちゃうのである。

川崎で映画で真珠
銀座にパリにダイヤ

うむ、この商法も豪華版になると押すな押すなで、当局が乗り出すほどの騒ぎになるのだ。「誠意がねーんだよー」若い女性の叫び声。誠意があるわけは(略)。
posted by 三橋祐輔 at 09:12| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

ダービー

個人的蓄積の中のひとつに
“泥んこ馬場は横典”というのがあって、今朝、府中の横を通過したときに、雨がポツポツ落ちてきたので、このまま行くと横典だね、などとほざいていて、携帯サイトのスポニチ読むと、尊敬する乗峯栄一師がリーチザクラウン、万哲がアントニオバローズ、なるほどなるほどと、馬柱を見直す。そこで見直さないでいいのに、レースが終わった時に、あっ最初の買い目と気付くわけである。


それにしても
テレビ馬(古っ)は、いつ見ても、やっぱりハラハラ。
自分の小心者ぶりを改めて思い出させてくれるひと時である。
posted by 三橋祐輔 at 23:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする